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東京高等裁判所 昭和58年(う)1082号 判決

国籍

韓国

住居

静岡県磐田市中泉二九一四番地の二九

不動産賃貸業

澤井昭孝こと

李鐘粛

一九二〇年六月一六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五八年三月一五日静岡地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官鈴木薫出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人池田桂一名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官鈴木薫名義の答弁書に各記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一及び第二(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、原判決は判示第一、第二の事実中被告人の昭和四七年度、同四八年度の各所得を認定した過程において、

(一)、財産増減法による事業所得算定上、(イ)当座預金勘定について、中央相互銀行磐田支店の澤井美江名義の当座預金は、被告人の妻澤井美江こと黄乙順の預金であるのに、証拠に基づかないで右預金が被告人に帰属すると認定し、(ロ)有価証券勘定について、昭和四七年度末の有価証券は、被告人の妻が自己の投下資金により独自に株式売買等の取引を行なったもので、同女に帰属するのにこれも被告人に帰属すると認定し、(ハ)その他預金勘定について、昭和四八年度末の仮名預金は被告人の妻が自己の資金を預金したもので同女に帰属するのに、これも被告人に帰属すると認定し、

(二)、分離短期譲渡所得算定上(イ)昭和四七年度の建物譲渡益中二〇〇万円は、同年度の被告人の所得であることに確たる根拠も証拠もないのに被告人の所得であると認定し、(ロ)昭和四八年度の土地譲渡益は、被告人の妻が自己資金で取引したものであって同女に帰属するのに被告人の所得であると認定しているが、

以上はいずれも事実の誤認であって、その結果両年度の被告人の所得を過大に認定したものであるから、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで、検討すると、原判決の挙示する関係各証拠を総合すれば、右所論指摘の諸点については次のとおりの事実を認めることができ、原審における証人黄乙順の供述及び被告人本人の供述中、右認定に反する部分は、他の関係各証拠と対比しこれを措信することができない。すなわち、

(一)(イ)  前記澤井美江名義の当座預金については、被告人が自己の営むパチンコ店のうち、磐田グランドホールの売上金の預け入れないし経費の支払用に利用すべく、浜松元浜グランドホールの分と区別するため開設した当座預金口座であって、実際にも右磐田グランドホール関係の資金の入・出金にほとんど使用されていて、他の澤井美江名義の預金は別として右口座の預金は被告人に帰属するものであり、昭和四七年度の右口座の預金増加額一、二六一、六〇八円は被告人の同年度の増加資産であると認められること(所論は証拠がない旨も主張しているが、右事実は被告人の検察官に対する昭和五一年二月二六日付供述調書によって明らかである。)。

(ロ)  前記昭和四七年度末の有価証券については、被告人(澤井昭孝)名義及び架空人名義(ただし澤井昭孝名義の念書が差し入れられている。)による株式売買及び債券類の売買による結果であるところ、被告人方では以前から被告人の妻黄乙順が被告人の営むパチンコ店の売上金の管理・運用を被告人から任されていて、同女が右売上金を資金として日興証券名古屋支店等を通じ澤井昭孝名義あるいは架空人名義を使って株式売買または債券類の売買を継続的に行なっていたこと、同女はその外に自己の資金またはその母・妹・娘らから預けられた資金も右株式等の取引に運用していたが、それらの取引分はそれぞれ同女らの実名を使用して取引されていて、前記被告人のパチンコ営業による資金の運用とは明確に区別されていたこと、右パチンコ営業の売上金の運用としての澤井昭孝及び架空人名義による株式または債券類の継続的売買の結果の昭和四七年末における株式等の保有高が、前年末におけるそれに対して四四、八三一、一一九円の増加となっていたもので、右増加額は被告人のパチンコ営業等の収益が化体したというべく、もとより被告人の同年度における増加資産と認めるべきであること。

(ハ)  前記昭和四八年度の仮名預金については、前記(ロ)において認めたのと同様の事情により、当該仮名預金は被告人の妻が被告人のパチンコ営業の売上金を管理・運用していた一環として、澤井昭孝名義と併用して右売上金の運用として預金されたものであって、前記(ロ)で認めたのと同様に被告人の妻やその母ら個人の資金による同女ら名義の預金とは明確に区別されていたこと、右仮名預金の昭和四八年末における預金残高が前年末におけるそれに対して二〇、〇三六、七一八円の増加となっていたもので、右増加額も被告人の同年度ないしそれ以前からのパチンコ営業等の収益が化体したものというべきで、これまた被告人の同年度における増加資産と認めるべきであること。

(二)  前記分離短期譲渡所得のうち、昭和四七年度の建物譲渡益については、被告人が昭和四三年頃買受け所有していた名古屋市昭和区折戸町の借地上の建物を、同四七年一二月中株式会社産経不動産に代金一、四〇〇万円で売渡した際、先に昭和四五、六年頃同社(代表者松本龍次)に右借地の一部を駐車場として転貸し、同社から保証金の趣旨で受けとっていた二〇〇万円を、同社の要望により右売買代金の一部に充当して決済することに合意し、建物を引渡した経過があるので、右二〇〇万円を含む代金一、四〇〇万円は、昭和四七年中に収入すべき権利が確定したものというべきであって、これから譲渡原価、譲渡経費を差し引いた残額二二〇万円は、被告人の同年度における分離短期譲渡所得となるのは明白であること。及び昭和四八年度の土地譲渡益については、昭和四六年頃被告人名義で代金二、三六三万円で購入されていた神奈川県箱根町仙石原の土地が、昭和四八年一二月中に代金二、七六五万円で他に売却されているところ、右土地の購入資金は被告人名義による銀行借入金一、〇〇〇万円と、被告人名義の当座預金からの出金七六三万円等が主体であったうえ、右売却代金も一、〇〇〇万円が被告人の前記借入金の銀行口座に振込み返済され、残余は被告人名義の預金口座に入金された後、被告人のパチンコ営業関係の資金・経費等の支払に流用されたことが認められるから、右土地は被告人の所有であって、その譲渡益(売買差額から譲渡費用八八〇、八三〇円を差し引き三、一三九、一七〇円)も被告人に帰属すると認めるべきであること。

以上のとおりであるから、被告人に帰属する前記(一)の各勘定科目の資産等を根拠に財産増減法により事業所得を認定し、また前記(二)のとおりの分離短期譲渡所得を認定した原判決は相当である(所論は前記(一)、(ロ)(ハ)の有価証券の増加額及び仮名預金の増加額について、被告人にはこれに見合う財源がなかったように主張するが、別途土地・建物関係の資産増加分については銀行借入金及び以前から蓄積した手持現金等でほとんど賄われており、被告人のパチンコ営業による収益は本件の財産増減法による控えめな算定によっても昭和四七年度は、三四、七二八、八九〇円、同四八年度は三四、七一五、〇七七円であって、これに加えて昭和四七年度は事業主借勘定中の株式売却益等が二、〇六四万余円、同四八年度は同売却益等が四二四万余円、それぞれあったことも考慮すると、前記(一)の(ロ)、(ハ)の程度の資産増加に見合う財源がなかったとは到底認められない。)。

そうすると、原判決には所論のような事実の誤認はないからこの点の論旨は理由がない。

控訴趣意第三(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、検討すると、本件はパチンコ店数軒を経営していた被告人がその営業所得を主とする所得税の脱税を企て、売上収益金の多くの部分を架空名義の預金の設定、あるいは架空名義での株式・債券類の取得にあてるなどの方法により所得の一部を秘匿したうえ、昭和四七、四八年度の所得税につき各虚偽過少の確定申告をし、右二年度について合計三三、四二二、八〇〇円の所得税を免れたという事案であるところ、右ほ脱額が一般の所得水準と比較して高額であるうえ、所得の申告率は四七年度が約一五・七パーセント、四八年度が約一八・二パーセントと極めて低く、ほ脱税率は四七年度が約九四・一パーセント、四八年度が約九二・一パーセントと極めて高いこと、所得秘匿の手段も前記のほか長期にわたり反覆的に営業日報等の売上記録を転記することなく廃棄していて計画的であること、脱税の動機も正当な税額を納付したのでは損をした場合の保障がないからというのであって、なんら酌量するに値しないこと、長期にわたる原審公判の経過を見ても、被告人は本件につき必ずしも真摯に反省しているとは認め難いこと等に徴すると、被告人の刑事責任は軽視できないといわなければならない。

そうすると、被告人は前科前歴がなく、従来まじめな社会人として生活してきたこと、本件後事業を会社組織に改め、経理事務も改善して納税に過ちのないよう努めていること等、所論指摘の被告人のために酌むべき諸事情を斟酌しても、被告人を懲役一〇月及び罰金一、〇〇〇万円、ただし懲役刑につき三年間執行猶予とした原判決の量刑が、重過ぎて不当であるとはいえないからこの点の論旨も理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 和田保 裁判官 杉山英已)

○ 控訴趣意書

被告人 沢井昭孝こと

李鍾粛

右の者に対する所得税法違反被告事件についての控訴の趣意は次のとおりである。

昭和五八年八月二五日

右弁護人 池田桂一

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

第一点、原判決には、明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認が存するので、その破棄を求める。

第一、昭和四七年一月一日から同年一二月三一日までの所得金額が三六、九〇〇、六二〇円であると認定したことについて。

一、修正貸借対照表別紙一、資産の部当期増減金額、勘定科目2当座預金金額一、〇四七、七四一円が被告人の昭和四七年度の増加資産とされているが、右は事実と相異する。

ほ税所得の内容別紙4番号2の当座預金の説明欄には、中央相互磐田支店の沢井美江名義の当座預金が当期一、二六一、六〇八円の増加がみられるものの被告人名義の当座預金は合計すれば約二一万円の減少がみられるのである。原判決においては、明白に被告人妻名義の預金であるにもかかわらず被告人の預金であると認定しているが、右認定に供した証拠の標目もなく、起訴状添付の一覧表を証拠にもとずき認定することを欠いた一方的且つ独断の判断である。

右金員は被告人の昭和四七年度に於ける営業所得金額ではない。

二、昭和四七年度に於ける資産の増加科目の主たるものは有価証券、器具備品、土地である。

(一) 土地につき増加額は約一億二〇〇〇万円であるところ、同土地増加分につき費した財源は負債の部の現金四五〇〇万円、借入金約七三〇〇万円合計一億一八〇〇万円及び現金を全て注ぎこんだわけではないので未払金として三六〇万円(別紙4ほ脱税所得の内容二一)残っている。

かように土地、器具、備品については修正貸借対照表別紙1より明確に判読することができる。

(二) ところが有価証券の昭和四七年度の資産増加分については次のとおり矛盾点が存する。

即ち有価証券の増加分四四、八三一、一一九円については被告人には増加分に見合う財源もなく、又新たに有価証券を買入れる余裕はなかったからである。

第一に財源としては事業主借勘定の内株式売却益等として二〇、六四一、八七八円が費やされたと考えることは可能性として存する。然し残額二四、一八九、二四一円については被告人には財源はない。

第二に原判決は、右代金は全て被告人の昭和四七年度の営業所得が使われたと断定しているが、右は何らの根拠もなく、又被告人の当時おかれた客観的状況を全く考慮しない一方的、且つ客観的合理性を欠く判断である。

昭和四七年度は被告人は土地購入で手一杯であった。貸借対照表を一目すれば明らかな如く一億二〇〇〇万円に上る土地を購入し、その資金のため約七三〇〇万円の借入までし、さらに未払金が二二、一五二、二四六円が残っている。

被告人は期首に於いて約九、〇〇〇万円に及ぶ有価証券を保有していたことにされているが、本来流動資産たる有価証券を保有していたならば、被告人において将来値上がりが確実な不動産を購入する気になった場合、値動きの不確実な有価証券を手放してその金員をもって不動産の購入代金に充てるのが自然で且つ合理的な判断である。

ましてや自己資金の見込みがあるのに、あえて新たに利息のつく銀行借入を、それも約七、三〇〇万円にも上る借入をするとは到底考えられない。

仮りに銀行借入をして土地購入代金に充てたとしても新たに資金を投入して有価証券を買入れるが如きことは当年度の被告人の資金状態から推定して考えられない行為である。

原判決は被告人の当年度における所得金額が三六、九〇〇、六二〇円と認定しているが、被告人が本件有価証券取得に事業所得を注ぎこんだと仮定すれば二、四〇〇万円余に上る金額で総所得の三分の二に当る。

被告人の資金繰を考えるとき、かような流動資産に充てる金額として常識を越えている。

被告人及び同人妻美江の原公判廷に於ける供述で両者終始一貫して述べている如く、有価証券の取引は被告人と全く関係なく同人の妻美江が全て取引をしており、その投下資本も全て美江の個人資産である。

名義は被告人の名義であるが、取引の量が膨大になれば種々の仮名、及び名義借する例は多々あることであり、このことは何ら異とするに足りない。

原判決は実体上の種々矛盾点につき何ら具体的に解明して納得せしめる努力を欠き、貸借対照表の数字をう呑みにして判断した結果、重大なる事実誤認を犯した。

三、仮名によるその他預金を被告人の預金と認定していることも事実誤認である。

昭和四七年度においては新たな預金の増加はない。このことは当年度における土地購入代金の資金繰り、そのための銀行借入状態からみれば、預金する余裕がないという実体から明らかである。

昭和四八年度においても実体は全く同様で変動はない。即ち、土地約七〇〇〇万円、建設仮勘定四五〇〇万円、器具備品約二〇〇〇万円の各資本投下がなされ、合計は一億三五〇〇万円に上る。(別紙2)

被告人の右投資に要した費用としては、現金一〇〇〇万円、支払手形約九〇〇万円、借入金約五三〇〇万円、未払金一三〇〇万円であるところ、被告人は右の内、

(一) 土地代金は、借入金及び所持の現金合計金約六三〇〇万円及び被告人本人のその他預金から引き出した七五〇万円がその支払に充てられた。

(二) 建設仮勘定は、四九年度に開店予定であった島田グランドホールの建設資金として四五六〇万円費やされたと認定されている。

右金員は後述のとおり、被告人妻美江が箱根町仙石原の土地を売却した金員の一部約一六〇〇万円その他三〇〇万円位を同人から借受け、残余は知人から借入れた金員で賄った。友人からの借受けは、被告人が借入先の迷惑を考えてあえて自己の不利になるのを覚悟の上で、借入先の名前を公表しなかったのである。

(三) 器具備品約二〇〇〇万円については、支払手形及び未払金として約二〇〇〇万円が充当されている。

以上のとおり被告人は、昭和四八年度においても設備投資のため資金作りに奔走していることは一目して明らかなところであるので、何故に仮名預金する余裕があると認定するのか。原判決の事実を黙過した判断であると断定せざるを得ない。

右仮名預金は、妻美江が自己の有価証券を売却した代金約三〇〇〇万円の内から各仮名者のため預金されたものであること。残余貴金属に約七〇〇万円等に費されていることは明白である。原判決は、被告人の妻自身の個人資産を全く顧りみず、全て被告人の資産と独断して全ての金銭の流れを認定してしまった点に決定的な誤りが存する。

第二、分離短期譲渡所得については、金二〇〇万円の所得を認定しているが、認定の根拠、証拠とも極めて不自然且つ不充分な証拠に基づいた認定である。

二、昭和四八年度の分離短期譲渡所得について。

本件取引は、妻美江の単独且つローン方式によるもので、被告人自身全く同取引には関与していない。

原判決には右の被告人の主張に対する認定の根拠を全く示していない。

第三、量刑不当

被告人の反省の情、及び過去の生活態度、即ち前科前歴もなく真面目な一社会人として生きてきた情況及び本件事件以後会社組織に改め、納税も過ちのないよう計理士を使って正当に支払うよう努めていることなどにかんがみるとき、原判決の量刑は不当に重く、この点よりも原判決は破棄の上、さらに審理を尽して正当且つ社会的妥当性のある量刑を判示して戴きたい。

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